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フラワーエッセイ

カーネーション……母と子を繋ぐ花。

都築隆広

  母の日にカーネーションを贈るという習慣は、いつから始まったのだろう?

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 一九〇七年のアメリカ――。
 フィラデルフィアの教会でアンナ・ジャービスという女性が、自分の母の命日に、生前、彼女が好きだった白いカーネーションを、礼拝に訪れた人達に配ったという出来事がある。
 これがどうも、母の日の発端だといわれている。
 その出来事がおそらく、広く影響があったのだろう。
七年後、アメリカ政府は五月の第二日曜日を母の日にすることに決めた。この時、アンナ・ジャービスの逸話から、母親がいる人は赤いカーネーションを、いない人は白いカーネーションを胸につけるようになったという。

 国家が政令で決めたというのは驚きだが、白いカーネーションの方が当初は注目を集めていたというのも意外だった。
日本では「親孝行、したいときに親は無し」という、ことわざもある。
 親が健在なときに赤いカーネーションを贈れて、感謝をあらわせればいうことはないだろう。
しかし、人生とはそう上手くもいくとは限らないし、世の中、幸福で健康な人ばかりではない。
会えなくなった親に花を贈りたいと願う人々の心の方が、もしかしたら真摯で純朴な感情のような気もする。

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  カーネーションはナデシコ科の多年草。
 名は十六世紀にイギリスの詩人、スペンサーがこの花のことを「コロネーション」と呼んだことに由来する。
これには諸説あって、花冠を編むのに適していたことからラテン語の「corona」から来ているとも、赤いので肉を意味する「coro」から来ているともいわれる。
 原産地は地中海沿岸地方。古代ギリシャから栽培されていたといわれ、紀元前にカエサルの兵がヨーロッパに持ち込んだという説もある。
 また、十字架にかけられる前のキリストを見た聖母マリアの涙の跡から生まれた花という伝承もあって、母の日に贈る花になったという話もある。
 十七世紀になるとフランスやイギリスで品種改良が行われ、ルイ十四世のベルサイユ宮殿には既に三百種類ものカーネーションが植えられていたともいわれる。
観賞用以外にも、ワインに花びら浮かべて香りづけや香水など様々な用途で使われ出した。

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 日本にも江戸時代に伝わり、 「オランダセキチク」いう和名がついた。
 そもそも、温室にて育てる植物のようで、大正時代になるとガラスの温室が普及し、日本でも大量生産がなされるようになった。
 今や切り花としてはバラ、菊と並ぶ人気で、花屋で見かける花の定番となっている。

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もちろん、切り花だけではなく、花壇や鉢植えで育てるという楽しみもある。
前述のように、切り花用は温室で栽培されるが、花壇用は春か秋に種をまいて栽培する。
鉢花の場合も、四月頃に購入して、まずは日なたに置き、夏場は涼しいところに移動させるといいだろう。
花が咲いている間には肥料をやらず、水やりの時もデリケートなので、花に水がかからないように注意する。
花が終わったら、茎を半分ほど切ると、また咲いてくる。
九月に鉢替えをして、液体肥料を施す。
母の愛は強し、といったところで、意外に生命力が強くて、繰り返し楽しめる花だ。

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さて、話題をカーネーションから、母の日に戻そう。
時を経て、大人になった僕は今、母の日のエッセイを書いている。
いい歳をして母親について書くことの気恥ずかしさは隠せないが、四十六歳の若さで子供達を残してこの世を去った母の人生を、偲(しの)ばずにはいられない。
長い闘病生活の最後に、子供達との別れが待っていたかと思うと、年をとるごとにその辛さが身につまされてくる。
そんなことを考えていたとき、花の図鑑を捲っている手がふいに止まった。
それは、花言葉について書かれた頁だった。

『白いカーネーションの花言葉
  私の愛情は生きている。』

傍らには、凛と咲く、白い花の写真が添えられている。
少年の日に探し求めたあの花の意味が、二十年の時を経て、胸に突き刺ささる。
子供を残して逝く母親達の未練と涙……だが、そういった悲しみより大きなものが、その花には託されているのではないだろうか。
カーネーション……それは、母と子とを繋ぐ花。

久々に、母の“声”を聞いた気がした。

カーネーションの花言葉……(赤) 「母への愛」
               (ピンク) 「熱愛の告白」
               (白) 「貞節」「若い娘」 「私の愛情は生きている。」

【参考文献】
「世界大百科事典」平凡社
「日本大百科辞典」小学館
「贈る・楽しむ・誕生花事典」監修 鈴木路子 写真 夏梅陸夫 大泉書店
 「花百物語 100 FLOWER STORIES」
 著 三浦宏之 写真 深川友記
 「園芸店で買った花を枯らさない知恵とコツ
 169種もの鉢花の育て方がひと目でわかる!」 主婦の友社編 主婦の友社
「持ち歩き! 花の辞典 970種 知りたい花の名前がわかる」
 文 金田初代 写真 金田洋一郎 西東社

フラワーエッセイ

「プリザーブドフラワー……枯れない魔法の花」

 その日、私が手にしたのは、鮮やかな緑が繁る、ハート型の鉢植え植物である。

 知人へのプレゼント選びで逡巡して入った、一軒の雑貨での出来事だった。
 その植物は遠目には造花のようだが、葉はやわらかな質感だった。
 鉢植えといっても、土はない。
鉢自体が作り物で、茎はテープを巻いたワイヤーでできた作り物だ。
しかし、葉だけが本物なのである。
水につけているわけでもないのにみずみずしく、本物よりも鮮やかなまでの緑色。

どうやら、この鉢植えは“リーフツリー(トピアリー)”という商品であるらしい。
いわゆる、プリザーブドフラワーの一種だ。

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 プリザーブドフラワーは“永遠に枯れない花”という異名を持つ。
 ドライフラワーの一種にカテゴライズされるが、花びらや葉はみずみずしく、造花と違ってリアルである。
そして、生花と違って水を必要としない。
この「水を必要としない」という要素は大きく、通常のドライフラワー以上に、様々な加工が可能である。
また、“永遠に枯れない花”という肩書きから、「ブリザードフラワー」とよく間違えて覚えられることが多い。ちなみに、筆者も間違えて覚えていた。

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その歴史はまだ短く、世界で初めてプリザーブドフラワーを作ったのはフランスのVermont社。
植物の樹液を有機保存液(通称、プリザ液)やオーガニック染料と置き換え、組織を完全に保ちながら保存できる「長寿命な切り花の製造技術」として、1991年にパリで発表された。
 私が買ったトピアリーとは、球形や円錐形にしたフローラルフォーム(オアシス)に短く切った花材を挿して、刈り込んで作った木のように見せる商品のことをいう。
 プリザ加工された葉が使われているため、いわゆる“リーフもの”というジャンルに分類される。

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プリザーブ(preserve)とは、英語で「保存・保護する・防腐処理をする・持続する」という意味である。
 現在、約六十種類の植物がプリザ加工に適しているといわれている。
前述の“リーフもの”は葉っぱなので、プリザードフラワーの中ではあくまで脇役だ。
プリザーブドフラワーの主役として、最も使用される花材はなんといっても、バラやカーネイションであろう。
フレッシュな色艶、豊富なカラーバリエーション。
保存にさえ気をつければ、 長い期間、美しい姿を楽しめる。そのため、インテリアや贈り物としても注目されている。
その他にも、ライム、レモン、オレンジ、栗といったフルーツもプリザ加工することができ、人気である。

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 プリザーブドフラワーは花屋でアレンジメントされた完成品を購入できるが、近年では生花から作り方を教えてくれる教室も多い。
 簡単な工程は以下の通り。

【プリザーブドフラワーの作り方】 ~バラの場合~

① 花を茎から切り、プリザ液A(アルコールが主成分の脱水・脱色液)に六時間、浸す。
② 色が抜けたら、プリザ液B(着色液)に十二時間以上、浸す。
③ 再び、プリザ液Aに入れて、色落ちしない程度に手早く洗浄する。

これにて完成だが、最近ではこれらの過程を簡略し、漬けておくだけでOKの「らくらくプリザ液」も出ているようである。
また、食品用の真空容器を使うと、漬けておく時間を短縮でき、均一に染色もできる。

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プリザーブドフラワーは花のみを切断しているため、茎がない。そのため、ワイヤーやテーピングを駆使して、造花風の疑似茎を作る必要がある。
 また、花びらを取り外して角度をつけながら貼り戻せば、好みの大きさに開花できる。
傷んだ花びらを除き、新しい花びらを接着すれば、修繕することも可能だ。

通常のフラワーアレンジメントとは異なり、工作性が強く、クリエイティブな趣味として末永く楽しめるだろう。

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 クリエイティブといえば、ブーケも自分で作れることだろう。
ウェディングでは青い花を身につけると幸せになれるという「サムシングブルー」伝説がある。長年、実現不可能だった青いバラも、プリザなら着色で簡単に作れてしまう。
近年では、この青いバラのブーケを自作するために、プリザーブドフラワー教室に通う花嫁達も少なくはないと聞く。

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 そんなプリザにも欠点が幾つか存在する。
 値段が高いこと。
壊れ易いこと。
しかし、なんといっても「永遠に枯れない魔法の花」を謳(うた)うわりには、寿命があり、有限であることだろう。
ヨーロッパでは十年ももつそうだが、湿度の多い日本では二、三年もすれば傷み始めてしまう。

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 さて、前述のリーフツリー(トピアリー)も、保存期限があるため悩みもしたが、結局、購入することにした。
 花束ならば、枯れる宿命がある。
 ところがプリザーブドフラワーは花と雑貨の中間にあるような存在だ。
プレゼントであげるならば、記念として残るものが良いと考えるのが普通である。

 しかし、こうとも考えられる。
また寿命がきた頃に、また買い直せばいい。

 二年先か三年先かはわからないけれど、そのときもまだ、贈った相手との絆が続いていると信じたい。
もし、仮に傷ついた関係になっていたとしても、修繕する機会を得られる。
花びらが傷めば、交換すればいいのだから。
プリザーブドフラワーはプレゼントを贈る機会を増やせる、稀有な記念品なのである。

                             (了) 都築隆広

【参考文献・資料】
「永遠に咲く魔法の花 プリザーブドフラワー」フォーシーズンズプレス
「手作りプリザーブドフラワー 生花から自分で作る!」
 著 長井睦美 監修 日本バイオフラワー協会 ブティック社
「生花から手作りできるプリザーブドフラワー」 長井睦美 ブティック社
「プリザーブドフラワー・ホーム」 石川妙子 誠文堂新光社

花ことばエッセイ

フラワーエッセイ
「洋ラン……シンビジウム・胡蝶蘭  気品のある贈り物」

 自分の側に興味がなかったとしても、花について知らないといけないときもある。
贈り物で鉢植えをいただいたときだ。
 かくいう私も小説家としてデビューした年に、知人から立派な胡蝶蘭の鉢をお祝いにいただいた。
蘭を貰うなど生まれて初めての経験だから、綺麗なのはいいけれど、どこに置いて世話をするのか、迷ったものだ。
幸い、親に園芸の心得があったので、なんとか枯らさずに済んだが、一人だったら七転八倒していたことだろう。
 
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洋ランの種類は膨大で、七千から二万株ともいわれる。
胡蝶蘭以外の代表格はシンビジウムやデンドロビウムあたりだろう。花期が長いこともあって、昔から贈り物としても重宝されてきた。
新種・珍種も多い。
高値で取引されることから、蘭を猟渉する蘭ハンターなる職業も欧米では存在するらしい。
いかにも小説の題材になりそうな話だが、すでに「宇宙戦争」のH・G・ウェルズが「めずらしい蘭の花が咲く」という、蘭ハンターを題材にしたホラー短編を百年以上前に書いている。

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エピソード多き花で、ギリシャ神話にはこんな話が残っている。
その昔、オルキスという女好きの精霊がいた。
このオルキスの女好き加減は凄まじかったらしく、酔っ払ってはニンフを追いかけまわしていた。
そんな折、祝祭の日にしこたま酒を飲み、酔っ払って女司祭を犯そうとした。
驚いたのは周りの人々だ。
昔から祭りの日は殺人が起こり易いというが、カンカンに怒った人々は、なんとオルキスをバラバラにして殺してしまう。
神話だけあって随分、大胆なリンチだが、どんな放蕩息子でもバラバラにされてはたまらないのが親だ。
オルキスの父、サテュロスは悲嘆に暮れ、なんとかして息子を助けてくれと天の神々に祈った。
するとバラバラにされていた彼の死体は、みるみるうちに奇妙な形の花に姿を変えたという。

……花?
色々とツッコミどころ満載だが、たぶん、神々的には普通に助けるのもアレなので、とりあえず変な花にして罰したといったところなのだろう。これ、親は救いになったんだろうか?
「花にされましても!」
というサテュロスの声が聞こえてきそうだが、このオルキスが姿を変え花こそが、蘭である。
好色な彼が姿を変えたので、食べると乱暴で淫乱になるといわれる。
そのせいか、昔から強壮剤として重宝されたという。オルキスもやっと人の役に立てるようになったというわけだ。めでたしめでたし。
 
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 話はうって変わって明治中期――。
郵船社員の小畔四郎という人が、蘭を集めに熊野に来ていたところ、滝の下で、一心不乱で岩を砕いている奇妙な男と出会った。
……滝? 岩?
こちらもツッコミどころ満載だが、熊野も今ほど観光地してなかったのであろう。山中で人に出会ったのが珍しかったから、なにげなくこの岩を砕いていた男に声をかけた。
ところがその男、まさに博覧強記。
小畦が蘭について尋ねると、とにかく詳しくて何でも教えてくれる。
 男の正体は、十八か国語を操ったといわれる大博物学者、南方熊楠。
岩を砕いていたのは、岩についた苔を採集していたらしい。
 ただの会社員に過ぎなかった小畔は、このことがきっかけで熊楠の一番弟子となる。
 後に小畔は献身的な弟子として熊楠の研究をサポートするので、その名は熊楠ファンの間では有名だ。
だが、おそらくその日、蘭を集めに行かなければ彼は無名の会社員として平凡な一生を終えたろう。
 まさに運命を変える出会いだったわけだが、そのきっかけが蘭だったというのは面白い(ただ、ここで語られたのはおそらく洋ランではなく、野生の和蘭だろう)。
 
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 話を洋ラン自体に戻そう。
 一般的に育てるのが難しいイメージがある洋ランだが、比較的育てやすいのはシンビジウムだ。
 その名は蕾の形が船に似ているので、ギリシャ語の「キムべ(舟)」と「エイドス(形)」というのが由来である。
 インドから東南アジアに約五十種が分布している。
花びらの色は淡く素朴であるため、花言葉は「飾らない心」 「素朴」など。

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 海抜千メートル以上の山岳地帯が原産地であるため、樹木に着生して生きているのが本来の姿だ。 
 空気中から水分を吸収できるため、水やりの回数も少なめでいい。
余計な肥料もいらないことから別名、「不精な人にぴったりの鉢花」。
 開花期も長く、十二月から三月まで、ほぼ百二十日後を続ける。
また、百二十日目いっぱい咲かせると、株に力が弱くなり、翌年、花が咲きにくくなる。
そのため、八十日から九十日咲かせたら、切り花にして楽しむといいそうだ。

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一方、胡蝶蘭は植物図鑑によってはか、属名の「ファレノプシス」の方で掲載されていることも多い。
名前になっている“胡蝶”とは、その名の通り、蝶々のことである。
胡蝶というと、夢で蝶を見たのか、自分が蝶になったのかがわからなくなる荘子の故事、「胡蝶の夢」のイメージが印象的だ。
ギリシャ語の「ファレノプシス」は「蛾」と「似ている」が組み合わさった言葉である。
英名の「モスオーキッド」も「蛾」と「蘭」という意味で、明治期にこの言葉が入ってきたときに「蛾」だとイメージが悪いから「蝶」に変えられたらしい。
花言葉が「清純」ということもあってか、白い花は結婚式のブーケやブートニクに用いられる。

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胡蝶蘭は乾燥には強いが、加湿と寒さにも弱い。
気温も十五度から二十五度に保つ必要があり、直射日光も苦手。
シンピジウムも加湿には弱いが、胡蝶蘭の方がやや扱いが難しいイメージだ。
部屋に置くときは窓辺を避け、さりとてストーブの前も乾燥するから避けねばならない。プレートヒーターや衣装ケースを利用して暖をとるといい。
肥料も要らないので、園芸用の土を使うと枯れるので要注意。
 
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株分けや高芽取り害虫対策……細かく語り出したら、まだまだスペースが足りない程、洋ランの世界は奥深い。
本屋の園芸コーナーに行くと、洋ランの病害対策だけで一冊の本が出ていて驚かされる程だ。
そういうと難しそうに感じるが、暖房事情が格段に向上した現代なら、温室などを使うことなく、家庭で気楽に育てられるようになった。
ちょうど花屋の店先には色とりどりの蘭が並ぶ季節、貴方もぜひ一歩、奥深くも気品溢れる洋ランの世界に、足を踏み入れてはいかがかな?

洋ランの花言葉……「有能」
胡蝶蘭の花言葉……「幸福が飛んでくる」「機敏」
(ピンク)「あなたを愛します」
(白)「清純」
シンピジウムの花言葉……「気どりのない心」「飾らない心」「素朴」

【参考文献 一覧】

「贈る・楽しむ誕生花辞典」 監修 鈴木路子 写真 夏海陸夫 大泉書店
「誕生日の花図鑑」中居恵子・著 清水晶子・監修 ポプラ社
「花物語」 三浦宏之 写真 深川友記 双葉社
「Truth In Fantasy65 花の神話」 秦寛博 新紀元社
「花言葉・花贈り」 濱田豊 監修 池田書店
「NHK趣味の園芸 新版・園芸相談 洋ラン」 NHK出版
「NHK趣味の園芸 よくわかる栽培12か月 コチョウラン」 富山昌克 NHK出版
「これならわかる 洋ランの咲かせ方」 江尻光一
「人間の記録 84巻 南方熊楠 履歴書ほか」 南方熊楠 日本図書センター
「猫楠 南方熊楠の生涯」 水木しげる 角川ソフィア文庫

フラワーエッセイ

ジューンブライド……六月の女神と、棘のある花言葉

                                   都築隆広
 六月の雨は花嫁を祝福する雨――。
 狐の嫁入り……ではなく、ジューンブライドの季節である。
「足元のお悪いなか、ようこそ」というのはこの時期の冠婚葬祭では常套句であるが、なぜにこんな、じめっとした梅雨のさなかに結婚式を挙げなくてはならないのか?
 実は、いわれているほど、六月に結婚式を挙げているカップルはいないそうである。
 不景気の鰻屋から、起死回生のコンサルティングを依頼された平賀源内が「土用の丑の日に鰻を食べよう」という素晴らしいキャッチコピーを思いついたのと同じく、ジューンブライドとは閑散期に悩んだ結婚式場による一発逆転のキャンペーンだったらしい。

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 なぜに、六月がジューンブライドの季節なのか?
ジューンとは、別名ジュノー、ユノ。
即ち、ギリシャ神話におけるゼウスの姉であり、本妻でもあるヘラのことである。
 ヘラは結婚と家庭、出産の守り神であることから、彼女の守護月の六月に結婚した花嫁は幸せになるといわれるようになった。
 この記述を眼にして、あれあれ、おかしいぞ? と思った人も少なくはないだろう。
 ゼウスは全知全能の神とはいえ、美人とあらば相手が神だとうが人間だろうが手を出す。
英雄、色を好むとはいえ、夫にするには最悪のタイプだ。
一方、ヘラはゼウスの浮気相手や隠し子に片っ端から天罰を与えている。
正直いって、嫉妬の女神……失礼ながら、鬼嫁としての顔の方がギリシャ神話では有名だ。
そんなヘラの名を冠した六月の花嫁が、幸せになるというのは、いささか奇妙にも思える。
 しかし、これは苦労人のヘラだからこそのことらしい。
浮気を理由に離婚訴訟を起こし、慰謝料をたんまり請求してもおかしくない状況で、夫婦神であり続けた胆力は女神とはいえ、端倪(たんげい)すべからざるものがある。
「離婚もせずに家庭を守ったのはエライ!」
と、いう話にもなる。
また、ヘラが荒れ狂うのも、正当なことだといわれている。

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 ところで結婚式といえば、盛り上がるのはブーケトスだ。
なにせ未婚の女性達は結婚したくて必死なので、盛り上がるのも必然。
「別にどうだっていいのよ」
「みんなで仲良く分けましょうか? オホホホ」
とか口先だけでいいながら、いざトスの瞬間になると野獣の如き咆哮をあげて奪いあう。
この、たいしてうら若くもない乙女達の姿には、我々、男性陣も悪い意味での生唾を呑んでしまう。
 それはともかく、ブーケとはその名の通り、フランス語でBooqet、花束のことである。
由来はハーブを纏めて花束にして、虫除けや魔除けに使ったという説と、男性が花を摘みながら恋人の元に向かい、花束にして渡したというプロポーズ説の二種類がある。
また、プロポーズを承諾した女性が花束の中から一輪だけ花を抜き、男性のシャツの胸に挿した。
これが、結婚式で新郎の左胸を飾る、ブートニアの由来といわれる。
こうした習慣が現代まで粛々と受け継がれていたところをみると、未婚の人々にとって、いつの時代も結婚は甘い夢であったのではないだろうか。

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 花束(ブーケ)に使われる花の代表格といったらやはり、バラだろう。
六月の誕生花にもなっていて、「ユノ」という白バラの品種もあることから、ヘラとの関わり合いも深い。
このエッセイでも以前、「恋の花々」のときに紹介したが、バラは逸話の多き花だ。
 その誕生には諸説あるが、名画「ビーナスの誕生」でも知られる美の女神アフロディテ(ビーナスと同一人物)が誕生したとき、一緒に誕生した花が、このバラだとされる。
クレオパトラが床から三十センチ敷き詰めたという逸話は有名だが、暴君ネロも宴会のワインの香りづけから風呂までバラづくしにした。一晩に浪費したバラ代は今の値段で十五万ドルといわれる。
十五世紀後半のイギリス。
三十年も続いた薔薇戦争では、ランカスター家が紅バラ、ヨーク家が白薔薇を紋章にして争った。結果はランカスター家の勝利で、両家の紋章は和解後に統合された。
アラビアではバラの花茶を意味する語「シャルバラート」が生まれ、今日の「氷菓(シャーベット)」の語源となった。
また、秘密を漏らさない誓いをたてることを「バラの花の下で(sub rosa)」と呼ぶ。
会議室の天井に一本のバラを飾り、密談はその下ですると効果的らしい。これは、息子エロスに浮気を見られたアフロディテが、沈黙の神ハルポクラテスを使ってその口をふさぎ、報酬にバラを贈ったことに由来する。

 ジューンブライドの話に戻ろう。
家庭の守り神であるヘラが嫉妬の女神でもあるように、初々しかった夫婦も、結婚後の生活には様々な問題が降りかかり、嫉妬や忍耐を強いられることもあるだろう。
まさに“美しいバラには棘がある”といったところだ。
しかし、皆さんはバラの棘にも花言葉があるのをご存じだろうか?

意外に知られていないけれども、バラ棘の花言葉は、

「不幸中の幸いです」

 で、ある。

結婚は甘くないが、まるっきり悪いわけではない。
むしろ、今の相手と出会えたのは幸運といっていい。
世の既婚者達の本音は案外、そんなところではなかろうか?
                                          (了)

バラの花言葉……(赤) 「愛情、情熱、熱烈な恋」
           108本 「結婚しましょう」
           (白) 「私はあなたにふさわしい、純潔、尊敬」
バラの棘の花言葉……「不幸中の幸いです」

【参考文献】
「世界大百科事典」平凡社
「Truth In Fantasy65 花の神話」 秦寛博 新紀元社
「花言葉・花贈り」 濱田豊 監修 池田書店

【今回、参考にさせていただいたサイト】
「ブーケオンライン」 http://www.biospain2010.org/about.html
「みんなの花図鑑」 http://blog.minhana.net/2012/09/post-288.html
「実は少数派? 人気は幻想? ジューンブライド」All About 粂美奈子 http://allabout.co.jp/gm/gp/539/
「ヘーラー」 Wikipedia 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC

花ことばエッセイ

「バラ、スミレ、パンジー……恋する花々」
                               都築隆広

 花屋が賑わう季節である。
 二月のバレンタインデー、三月のホワイトデーともなると、店先には色とりどりのブーケや早咲きの桜まで並んでいる。
桜はお受験の験担ぎ用もあると思うが、それ以外はたいてい、恋人達が贈りあうための愛の花である。
花束はおろか、チョコの味さえ忘れかけていた筆者は、真夜中にふとカレンダーを見て「あれ? 今日はバレンタインだったのか?」と気がつくのが毎年の恒例となっている。

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恋の花といえばバラである。
女性に贈る花の代名詞で、おそらく、世界で最も、逸話の多い花だといえよう。その名は古代ケルト語「Rodd」、赤い花が由来だといわれ、紀元前二千年代のバビロニアから栽培されてきたというのだから、眼が眩みそうな話である。
温暖な気候を好み、暖かい土地なら冬でも育つ。
当然ながらあらゆる文芸・芸術作品に登場する花であり、中世の宗教画にも古くから描かれている。
聖母マリアの象徴としてよく絵画の中で見かけるのは百合だが、純潔の象徴として白いバラが描かれることがある。赤いバラだと美の女神、アフロディーテの象徴となる。

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少し前にこのコーナーで「黒いチューリップは存在しない」という逸話を紹介したが、「青いバラ」も長年、多くの園芸家達が挑戦しながらも、誕生しなかった悲願の花である。
長年、私も実在しないものだと思いこんでしまっていた。
しかし、二十一世紀の最先端のバイオテクノロジーによって、いつのまにか誕生していたようだ。
黒いチューリップと同じく、不可能といわれ続けてきた青いバラだが、今や青色発光ダイオードかと思うぐらい青い品種を見かけることも、そう珍しくはない。
ちなみに、花言葉は「奇跡」である。

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 恋の花というと、バラのイメージが強いが、スミレ科の花も捨て難い。
 鉢植えや花壇で見かける、あんな小さな花々なのに何故?
 と、思うかも知れないが、どちらかというと花自体よりも、逸話の方に意味がある。
 古代ギリシャでは美少年アッティスの血が変じて生まれたといわれるスミレ。
 日本語名は「すみつぼ」に形が似ているからとも、万葉集に記された「須美礼(すみれ)」が語源だともいわれる。花を引き合って子供が遊べることから、「相撲取り草」の別名も持つ。

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山道や石垣の隙間から、ひっそりと咲いている……というのが万人共通の、スミレのイメージだろう。
ゲーテが詩を書き、後にモーツァルトが曲をつけたといわれる歌曲、「すみれ」も名曲である。

野に咲くすみれ、
うなだれて、草かげに。
やさしきすみれ。
うら若き羊飼の女、
心も空に足かろく、
歌を歌いつ
野を来れば。

「ああ」と、切ない思いのすみれそう。
「ああ、ほんのしばしでも、
野原で一番美しい花になれたなら、
やさしい人に摘みとられ、
胸におしつけられたなら、
(中略)」

ああ、さあれ、ああ、娘は来たれど、
すみれに心をとめずして
あわれ、すみれはふみにじられ、
倒れて息たえぬ。されど、すみれは喜ぶよう。
「こうして死んでも、私は
あの方の、あの方の
足もとで死ぬの」
「ゲーテ詩集」高橋健二訳 新潮文庫

 スミレを擬人化した歌である。
少女に摘まれたいと願うスミレだが、無常にも踏みにじられてしまう。

         ◎ ◎ ◎

人の心というものは、言葉にしなければなかなか通じないもの。
現実の恋愛でもしばしば、このような事態も起こりうる。
スミレに関していえば、日のあたる場所に鉢を置けば丈夫に育つ逞しい花だ。
いかにも野に咲く花といったところで、失恋時には見習いたいものでもある。

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 ヨーロッパッパ産のスミレ科の花、パンジーもまた、逸話多き花である。
 パンジーの語源はフランス語のパンセ(Pensées)、「もの思い」「思索」といった意味がある。
ビオラ・トリカラーを十九世紀初めに品種改良して生まれ、人の顔にも似た花であることから、「人面草」などという、なかなかホラーな呼び名も持つ。
また、古くからヨーロッパでは、男性が女性に送る花でもあった。
そのため、「天使に愛された花」という別名や、「門のところでキスして」という花言葉もある。
恋人同士がこの花を使ってメッセージを送りあう姿は容易に連想できる。シェイクスピアの「真夏の夜の夢」でも妖精達の使う惚れ薬の原料として、劇中で活用されているのが印象深い。

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 其(その)キューピットの放した矢は、西国の或(ある)小さい草の花に落ちて中(あた)り、乳白であった其花は、それからは、恋の手傷の為に、赤紫色になったんで、娘共は彼(あの)草のことを『懶惰(ぶしょう)な恋草』と呼んでゐる。
(中略)
あの花の液(しる)を眠ってゐる者の、瞼に塗ると、男でも、女でも、必ず目の開いたと其途端に見たものに見さかひもなく惚れッちまふ。
                                 「真夏の夜の夢」 坪内逍遥訳
  
シェイクスピアの時代にはまだパンジーは生まれていなかったので、この花は原種のサンシキスミレであるらしい。
キューピットの矢で傷を受けたというエピソードはいかにも、ロマンチックである。

         ◎ ◎ ◎

 原種のパンジーは素晴らしい芳香だったが、それを求めて人々が争うようになったので、パンジーが「匂いをなくして欲しい」と神に祈った……といういい伝えが残されている。
このあたりは、いかにも“恋の花”といったモテ・エピソードといえ、バラ水として香水にまで利用されるバラとは対照的な花だといえよう。

         ◎ ◎ ◎

 人はなぜ、恋をすると花束を贈るのか?
 そこには誰かに何かを見せたい、自分が美しいと感じたものを、恋した相手にも美しいと思って欲しいという、共感の願望が隠されている気がする。
 山道で眼についたすみれを摘んで、麓の人にも見せたいと思う心。
あるいは野に咲くバラを誰かに見せたいと思う心。
今は花を求める場所が野山からフラワーショップに変わっているが、”花を通じて誰かと繋がりたい”という願いは、脈々と恋人達に受け継がれている。
                                    (了)

バラの花言葉……(赤)「情熱」「愛」「美」(白)「純潔」(青)「奇跡」
すみれの花言葉……「つつしみ深さ」「誠実」「真実の愛」「ひかえめ」「謙虚」
パンジーの花言葉……「物思い」「私のことを忘れないで」「思想」「門のところでキスして」

                                 
【参考文献】
「世界大百科事典」平凡社
「日本大百科辞典」小学館
「誕生日の花図鑑」中居恵子・著 清水晶子・監修 ポプラ社
「誕生日の花・秋編」 グラスウインド 星雲社
「日本人なら知っておきたい花48選 ~花の履歴書~」 江尻光一 いきいき株式会社
「想いを贈る花言葉 ちいさな花物語」 国吉純監修 ナツメ社
「贈る・楽しむ・誕生花事典」監修 鈴木路子 写真 夏梅陸夫 大泉書店
「ザ・シェイクスピア」シェイクスピア 坪内逍遥訳 第三書館
「ゲーテ詩集」 ゲーテ 高橋健二訳 新潮文庫

花ことばエッセイ

花ことばエッセイ
「リンドウ・ナデシコ……古典の中の花々」
                               都築隆広

 いきなりですが、古文の時間です。

「草の花は、なでしこ、唐(から)のさらなり、やまともめでたし。(略)竜胆(りうたん)、枝さしなどむつかしげなれど、こと花はみな霜枯(しもが)れたれど、いと花やかなる色合ひにてさし出でたる、いとをかし」
                               
いとをかし、でわかる通り、清少納言の「枕草子」である。
これは七十段目、「草の花は」で、現代語訳だと以下の通り。

「草の花は、なでしこがいい、からなでしこはいうまでもない。日本のなでしこもすばらしい。(略)りんどう、これは枝ぶりなどはわずらわしい様子だけれど、他の花はみな霜枯れてしまったのに、たいへんあざやかにぱっとした色彩で顔を出しているのは、たいへんおもしろい」

         ◎ ◎ ◎

清少納言いわく、草の花はなでしこが一番、いいとのことだ。
種類にもよるがピンクや薄紫色で、こぢんまりと花壇で咲く姿はなんとも日本人好みでいじらしい。
現代でも、『やまとなでしこ七変外』とか、『なでしこジャパン』とかいわれるだけあって、女性的な花の代名詞になっている。本によっては、「撫子」とか「嬰麥」と表記されることもある。夏から秋まで咲き続けるので、「常夏(とこなつ)」の名で呼ばれることもある。
さて、古くから人気がある理由は?
調べてみると、「万葉集」のなかで、これまた万葉歌人の代表格である山上憶良(やまのうえのおくら)が秋の七草の一つにあげたことが、要因の一つであるようだ。

         ◎ ◎ ◎

「秋の野に 咲きたる花を 指折(およびお)り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
 荻の花 尾花(をばな)葛(くず)花(はな) なでしこが花 をみなへし また藤(ふぢ)袴(ばかま) 朝顔が花」

 こちらが憶良の歌である。
原文は万葉仮名(まんようかな)という漢文のような漢字の羅列で書かれている。
尾花とは、すすきのこと。すすきというと、なんだか花っぽくないが、七種(ななくさ)から七草に表記を変えると違和感はゼロになる。ちなみに、「をみなへし」とは女郎花(おみなえし)、朝顔は、朝顔ではなく桔梗なのではないかという説もある。
なでしこが万葉の昔から人々に愛されてきたことが、この歌からもわかるだろう。
 しかし、ここで秋の七草から漏れてしまった可哀想な花がある――竜胆(リンドウ)だ。

         ◎ ◎ ◎

 りんどうと書くと花っぽいが、竜胆(りんどう)と表記すれば薬局に売っていそうな名称となる。
 それもそのはず、りんどうの根は竜胆(りゅうたん)の名で漢方薬の生薬として、主に胃薬に使われるとか。同じく漢方で使われる熊の胆(い)よりも苦いことから、竜の名が冠せられたことは有名である。あの青紫色の凛々しい花は、確かに竜の鱗をイメージさせないことはない。
 残念ながら、憶良の七草からは漏れてしまった、りんどうではあるが、「枕草子」だけでなく、「源氏物語」にもしっかり登場している。

         ◎ ◎ ◎

登場シーンは何ヶ所かあるが、最初に出てくるのは第九帖(じょう)「葵(あおい)」。
光源氏の正妻、葵の上が生霊にとり殺されるという、なんだか凄まじいエピソードが語られる章であるが、そこで源氏が霜枯れた草の中で咲いているりんどうやなでしこを折らせて、亡き妻の母に歌と共に贈る……まさに、「もののあはれ」を感じさせる場面に登場する、小道具の一つである。
ここで詠まれる歌も、実は「なでしこ」がメインのもので、りんどうはまたしても除外される。りんどうは地の文で、「なでしこ」のついでに描写されていた花にすぎない。
だが、清少納言も紫式部もこぞってこの花のことを「霜枯れた草の中で咲く」(「源氏物語」では「枯れたる」と表記)と描写していることは、実に興味深い。

         ◎ ◎ ◎

 紫式部は一方的に清少納言の悪口を日記に書き綴っているから、「枕草子」に関しても重箱の隅をつつくように、リスペクト精神ゼロで読んでいたに違いない。
それなのに判で押したように意見が揃うということは、「霜枯れた草の中に咲く花」という逞(たくま)しいイメージは、平安人の共通認識だったのかも知れない。
 では、海外はどうかというと、バルカン半島の方では、ペストの流行に悩んだ王が神に祈って矢を放ったところ、りんどうの花に刺さって薬として用いられるようになった……なんていう伝説もあるのだとか。
薬用というエピソード自体は漢方薬と共通するものの、「ペストで悩んでるのに、胃薬なんてもらってもな」と、今となってはツッコミを入れずにはいられない。

         ◎ ◎ ◎

 愛らしく咲く、なでしこの花はいかにも女性的で、日本人好みなのだろう。
しかし、私はどうしても、この竜胆(りゅうたん)という色気のない名の花の肩を持ちたくなる。
清少納言が「なでしこ」をまず「めでたし」と挙げながら、キメ台詞の「いとをかし」を竜胆(りうたん)に譲ったのは、なんとなくわかる気もする。
鮮やかな青紫色で、枯れ草のなかで逞しく咲いている。可愛らしさはほどほどだけど、薬にもなって人の役にも立つ。
その姿はまさに、いとをかしであり、もののあはれでもある。

         ◎ ◎ ◎

さてさて、活字を眺めるのにも飽きたなら、花屋さんや花壇へと赴いて、実物の花を愛(め)でてみてはいかがだろう?
古典の中に咲く花々が、今も鮮やかに人々を楽しませている姿が見られるに違いない。

  りんどうの花言葉……「正義」「的確」「さびしい愛情」「悲しんでいる」「あなたが好き」
            「悲しみにくれるあなた」「誠実な人柄」
  なでしこの花言葉……「かれん」「純愛」「貞節」「いつも愛して」

                                 (了)
【参考文献】
「世界大百科事典」平凡社
「日本古典文学全集 萬葉集2」小学館
「日本古典文学全集 源氏物語2」小学館
「日本古典文学全集 枕草子」小学館
「小原流 挿花 NO、671」「花まわり」文・写真 指田豊 財団法人小原流
「贈る・楽しむ誕生花辞典」 監修 鈴木路子 写真 夏海陸夫 大泉書店
「誕生日の花図鑑」中居恵子・著 清水晶子・監修 ポプラ社
「誕生日の花・秋編」 グラスウインド 星雲社
「花図鑑」 モンソーフルール・監修 西東社

花ことばエッセイ

花ことばエッセイ
「チューリップ……逸話多き愛の花」
                               都築隆広

定年退職した父が、新潟旅行のお土産に球根を買ってきた。
写真も説明書きもなく、手に取るとずしっと重い。
剥き出しの球根である。
……なぜに、新潟でチューリップ? さっぱりわからない。
とりあえずシャベルで地面を掘って、庭先に植えてみた。
ところがこの球根、植えてから幾日待っても、一向に芽が出る気配すらなかった。

         ◎ ◎ ◎

図書館で植物図鑑をひもとき、チューリップについて調べてみる。
驚いた。どんな花にも各々、エピソードがあるものだが、ことチューリップは知名度も高く、身近に咲いている花ということもあってか、まさに逸話の宝庫である。
その栽培法は二の次にし、あちこちの関連書を読み耽ってしまった。

◎ ◎ ◎

そもそも、チューリップは十六世紀に、トルコからヨーロッパに入った花だった。
ペルシャ語でターバンを意味する「チュリバン」に花の形が似ていることで、その名が誤って伝わったのが由来のようである。
やがて愛好家達の間で栽培熱に拍車がかかる。オランダでは千六百年代前半に球根の値段が高騰し、有名な「チューリップバブル」が起こった。
現在では五千とも八千ともいわれるチューリップの品種だが、この時代、珍しい品種はなんと、球根一つが馬車や邸宅と交換されていた。

◎ ◎ ◎

 金と愛とを象徴する花として、チューリップは多くの小説や映画の題材にもなった。
 作家で脚本家の、デボラ・モガーが書いた「チュリップ熱」(白水社)は「チューリップバブル」の時代に燃えあがった不倫の愛の物語で、スティーブン・スピルバーグによって、すでに映画化が決定しているらしい。
古典文学では、同じ「チューリップバブル」の時代の恋と冒険を描いた大デュマの「黒いチューリップ」も有名だ。
ちなみに「椿姫」を書いたのは息子の小デュマで、「三銃士」を書いた父親の大デュマと、この作家親子は「大・小」で区別されている。
「黒いチューリップ」といえば、アラン・ドロン主演映画を思い出される人もいるかも知れないが、こちらは別物。「マスク・オブ・ゾロ」のような覆面怪盗が活躍する活劇である。その他にも児童文学では新藤悦子の「青いチューリップ」(講談社)もある。
昔は、大金をかけて品種改良をしても、黒いチューリップが生み出せなかった。青いチューリップに至っては、現代でも作られてはいない。
チューリップは物語において、ある種の、謎(ミステリー)の象徴とされたのであろう。

◎ ◎ ◎

日本には十九世紀に入り、新潟や富山で栽培された。
チューリップの球根は冷蔵庫に入れると発育が早いといわれているが、寒い地方の方が栽培に適しているらしい。

◎ ◎ ◎

庭に植えた球根は、いつまでたっても芽が出なかった。
そこで、父の園芸仲間のおばさんに相談したところ、「そっと土を掬って見てみればいい」という、シンプルかつ論理的なアドバイスをうけた。
早速、ここ掘れワンワンと土を掘ってみる。

◎ ◎ ◎

一目見るなり、ほっと、ひと安心。
土中で腐ることなく、球根の表面からは小さな芽が、申し訳なさそうに生えていた。
果たして、何色に咲くだろう――?
オランダから海を渡り、新潟から我が家の庭先へ。長い歴史の旅をしてきたチューリップには、なんともいえないロマンとミステリーの香りが漂う。
生えかけた芽にそっと土を振りかけて、私は春の訪れを待った。

  チューリップの花言葉……「愛のめばえ」「愛の告白」「永遠の愛」「博愛」

                                  (了)
参考文献
「花物語 100 FFLOWER STORIES」 
三浦宏之 著 深川友記 写真 双葉社
「誕生日の花図鑑」           中居恵子 著 清水晶子 監修 ポプラ社

「クリスマスの貴婦人たち シクラメン・ポインセチア」
produced by 都築隆広

 この時期、クリスマスの花屋は赤く彩られる。
目立つ花といえばやはり、シクラメンかポインセチアあたりである。
クリスマスに赤い花が売れるということは、どこかサンタクロースのコスチュームを連想させるのだろう。一見すると眼に鮮やかで、クリスマス飾りの一部のようにすら見える。
だが、冬に咲く花は陽気さの中にも厳しさや凛々しさがある。

◎ ◎ ◎

 シクラメンはクリスマスシーズンに限らず、鉢花の中でも最も有名な部類の花である。
また、豚饅頭に篝火花(かがりびばな)という奇妙な別名も持つ。
赤い品種が多いので、篝火花はなんとなくのイメージに合うが、なんで豚饅頭?
と思ったて調べてたら、球根を豚(猪)が食べるから、ヨーロッパでは『ブタのパン』と呼ばれていたそうな。
それを翻訳したら『豚の饅頭』もしくは『豚饅頭』になったという……あまり、優雅さのない由来であった。せめて、『ブタのパン』のままなら、かわいかったかも知れない。
 シクラメンに関してはもう一つ有名なエピソードがある。
その昔、ソロモン王(古代イスラエルの王で、魔法使いとしても有名)が王冠のデザインに花を使おうと思い、色んな花々に交渉したが、全て断られてしまった。
そして、唯一、OKしてくれたのが、シクラメンだったという。
そこでソロモン王がお礼をいうと、この花は恥ずかしさのあまり、はにかんで、うつむいた。
 そのせいか、シクラメンの花言葉は「内気・はにかみ」となったという。

         ◎ ◎ ◎

クリスマスが近づくとシクラメン以上に眼につくのは、真っ赤なポインセチア。
猩々木(しょうじょうぼく)という中国っぽい別名がついているが、見るからに熱帯の花である。
いくらサンタっぽい色とはいえ、南国の花をクリスマスの贈り物にするのはなぜ……?
 と、不思議に思ってこちらも調べてみたところ、原産地はメキシコだった。
十七世紀に宣教師達によってクリスマスの頃に誕生祭で飾られ、その後、外交官ポインセットによってアメリカに持ち込まれたことから、「ポインセチア」という名がついたという。

◎ ◎ ◎

うつむきがちに咲くシクラメンは内気な花としてヨーロッパを中心に広がった。
一方、南国的なポインセチアはアメリカ中心に育成され、共に代表的な鉢花となった。
どちらも花期が秋から春までと長い。
管理のコツは「暖房をかけ過ぎない」という点である。
乾燥と高温には弱いため、暖房の弱い窓辺に置き、土が乾燥したら水を与える。水を張った皿の上に鉢を置いてもいい。
とにかく寒過ぎるのもダメだが、暖房のかけ過ぎは鉢花に多大なダメージを与える。

◎ ◎ ◎

病弱なお嬢様のことを小説などでは“深窓の少女”とよく呼ぶが、冬に咲く花々はさながら“深窓の貴婦人”である。
気温が合わないと、すぐに葉の色を変えてしまう。だが、こまめに世話をすれば長く花をつけていてくれるだろう。こうした花々は窓辺に飾るのこそ、ふさわしい。

内気なシクラメンか、陽気なポインセチアか? 
このクリスマス、あなたの窓辺を飾る貴婦人はどちら?

                 シクラメンの花言葉……「はにかむ・内気」
                 ポインセチアの花言葉……「祝福する・清純」

参考文献
「FIELD GUIDE15 園芸植物 鉢花と観葉植物」
 解説:長岡求・小笠原誓 写真:植原直樹・中島隆 小学館
「想いを贈る花言葉 ちいさな花物語」 監修:国吉純 ナツメ社 

                                  (了)

「クリスマスの貴婦人たち シクラメン・ポインセチア」

この時期、クリスマスの花屋は赤く彩られる。
目立つ花といえばやはり、シクラメンかポインセチアあたりである。
クリスマスに赤い花が売れるということは、どこかサンタクロースのコスチュームを連想させるのだろう。一見すると眼に鮮やかで、クリスマス飾りの一部のようにすら見える。
だが、冬に咲く花は陽気さの中にも厳しさや凛々しさがある。

◎ ◎ ◎

 シクラメンはクリスマスシーズンに限らず、鉢花の中でも最も有名な部類の花である。
また、豚饅頭に篝火花(かがりびばな)という奇妙な別名も持つ。
赤い品種が多いので、篝火花はなんとなくのイメージに合うが、なんで豚饅頭?
と思ったて調べてたら、球根を豚(猪)が食べるから、ヨーロッパでは『ブタのパン』と呼ばれていたそうな。
それを翻訳したら『豚の饅頭』もしくは『豚饅頭』になったという……あまり、優雅さのない由来であった。せめて、『ブタのパン』のままなら、かわいかったかも知れない。
 シクラメンに関してはもう一つ有名なエピソードがある。
その昔、ソロモン王(古代イスラエルの王で、魔法使いとしても有名)が王冠のデザインに花を使おうと思い、色んな花々に交渉したが、全て断られてしまった。
そして、唯一、OKしてくれたのが、シクラメンだったという。
そこでソロモン王がお礼をいうと、この花は恥ずかしさのあまり、はにかんで、うつむいた。
 そのせいか、シクラメンの花言葉は「内気・はにかみ」となったという。

         ◎ ◎ ◎

クリスマスが近づくとシクラメン以上に眼につくのは、真っ赤なポインセチア。
猩々木(しょうじょうぼく)という中国っぽい別名がついているが、見るからに熱帯の花である。
いくらサンタっぽい色とはいえ、南国の花をクリスマスの贈り物にするのはなぜ……?
 と、不思議に思ってこちらも調べてみたところ、原産地はメキシコだった。
十七世紀に宣教師達によってクリスマスの頃に誕生祭で飾られ、その後、外交官ポインセットによってアメリカに持ち込まれたことから、「ポインセチア」という名がついたという。

◎ ◎ ◎

うつむきがちに咲くシクラメンは内気な花としてヨーロッパを中心に広がった。
一方、南国的なポインセチアはアメリカ中心に育成され、共に代表的な鉢花となった。
どちらも花期が秋から春までと長い。
管理のコツは「暖房をかけ過ぎない」という点である。
乾燥と高温には弱いため、暖房の弱い窓辺に置き、土が乾燥したら水を与える。水を張った皿の上に鉢を置いてもいい。
とにかく寒過ぎるのもダメだが、暖房のかけ過ぎは鉢花に多大なダメージを与える。

◎ ◎ ◎

病弱なお嬢様のことを小説などでは“深窓の少女”とよく呼ぶが、冬に咲く花々はさながら“深窓の貴婦人”である。
気温が合わないと、すぐに葉の色を変えてしまう。だが、こまめに世話をすれば長く花をつけていてくれるだろう。こうした花々は窓辺に飾るのこそ、ふさわしい。

内気なシクラメンか、陽気なポインセチアか? 
このクリスマス、あなたの窓辺を飾る貴婦人はどちら?

                 シクラメンの花言葉……「はにかむ・内気」
                 ポインセチアの花言葉……「祝福する・清純」

参考文献
「FIELD GUIDE15 園芸植物 鉢花と観葉植物」
 解説:長岡求・小笠原誓 写真:植原直樹・中島隆 小学館
「想いを贈る花言葉 ちいさな花物語」 監修:国吉純 ナツメ社 

                                  (了)

フラワーエッセイ Vol.1

花ことばエッセイ

「菊……お彼岸と氷菓の思ひ出」

都築隆広

少年の頃、お彼岸には菊を買ってお墓参りに出かけた。
うちのお墓は電車で一時間の山の中にある。一時間といえども、都会とは違って電車は三時間に一本だ。正午の電車が行ってしまうと、三時過ぎまで来ない。
暑さ寒さも彼岸までとはいったもので、当時の九月は今よりもずっと涼しくて過ごしやすかった。しかし、帰りの電車の時間まで、一緒に遊ぶ友達も田舎にはいない。一月前のお盆に済ましたばかりのお墓参りのために何故、一日潰さなくてはならないのか……?
遊びたい盛りの子どもにしてみたら、お彼岸とは甚だ疑問なイベントであった。

         ◎ ◎ ◎

そもそも“彼岸”とはなんだろう?
仏教用語で、霊魂が生死の狭間で迷うに対し、悟りの境地、に達した状態を指す言葉のようである。
我々がよく口にする言葉でいうところの、“成仏”にニュアンスが近いのだろうか?
供える菊は黄色い大輪種だったり、中輪種だったり、スプレー菊だったり、種類は色々あるようだが、当時の僕らには区別がつかなかった。
菊は中国から入ってきた花で、日本にいつ頃、伝来したかは諸説ある。平安時代になると「源氏物語」などの文学にも数多くこの花が描かれ、宮廷では菊を飾り、菊酒を飲んで穢れを祓う宴も催された。江戸時代になると菊人形などで、武士や庶民の間で盛んに栽培されていたようだ。和食に添える食用菊なんてものもあり、古くから日本人に愛されてきた花だといえる。

         ◎ ◎ ◎

お墓参りのときは、買ってきた菊をそのまま花挿しに水を入れて活けていた。
水切りしたり、余分な葉や枝をむしった方が長持ちすると知ったのはずっと大人になってからだ。菊などの仏花でお墓が飾られると、子ども達は線香を持って石段を駆け上がる。本家の墓参りもしなくてはならないからだ。
お墓は急勾配の斜面にあった。頂きに本家のお墓があり、その下に分家が続く。僕の名字は都会では多くはないが、田舎ではお墓の一区画が殆ど、同じ名字である。皆、親戚なのだ。親でしか関係性を把握できていない遠戚である。子ども同士とはいえ顔も名前も知らない子達なので会話することはおろか、一緒に遊ぶこともない。
だが、ある年、その中の一人が声をかけてきた。
「……食べる?」
黄色い大輪の菊を抱いた、同じ年ぐらいの女の子だった。
一瞬、菊の花を食べろといってきたのかと思ったら、差し出されていたのはビニール入りのアイスキャンディーである。
よく見ると墓石の上に徳用アイスの箱があり、その家はお墓の前で、行楽気分でアイスを分け合っているようだった。躾の厳しい我が家ではお墓参りの最中に飲食するなどもっての他だったから、ぼくは驚いた。子ども達だけならまだしも、親達もアイスを齧っていた。
「ちょうだい」
それでも誘惑には勝てず、僕は少女から棒付きのアイスを受け取った。
一口齧ると、口の中に冷たさと甘さが広がる。クリームが溶ける。ミルク味だ。

         ◎ ◎ ◎

少女の顔つきを思い出そうとしても、大人になった今では雫をたらした写真のように、不思議と面影はぼやけてしまっている。
その後、少女はどうなったのだろう?

         ◎ ◎ 

ただ、ひんやりと氷が溶ける舌先の感触と、視界の隅で揺れる黄色い花びらだけが心に残っている。一度見たら忘れられない、鮮やかな大輪の菊。初恋にすらなりえなかった、なつかしい秋の日の記憶である。
今でも凛と咲く菊の花を見かけると、あの時のことを思い出す。

                菊(黄色)の花言葉……「わずかな愛」

                                  (了)