フラワーエッセイ
ジューンブライド……六月の女神と、棘のある花言葉
都築隆広
六月の雨は花嫁を祝福する雨――。
狐の嫁入り……ではなく、ジューンブライドの季節である。
「足元のお悪いなか、ようこそ」というのはこの時期の冠婚葬祭では常套句であるが、なぜにこんな、じめっとした梅雨のさなかに結婚式を挙げなくてはならないのか?
実は、いわれているほど、六月に結婚式を挙げているカップルはいないそうである。
不景気の鰻屋から、起死回生のコンサルティングを依頼された平賀源内が「土用の丑の日に鰻を食べよう」という素晴らしいキャッチコピーを思いついたのと同じく、ジューンブライドとは閑散期に悩んだ結婚式場による一発逆転のキャンペーンだったらしい。
◎
なぜに、六月がジューンブライドの季節なのか?
ジューンとは、別名ジュノー、ユノ。
即ち、ギリシャ神話におけるゼウスの姉であり、本妻でもあるヘラのことである。
ヘラは結婚と家庭、出産の守り神であることから、彼女の守護月の六月に結婚した花嫁は幸せになるといわれるようになった。
この記述を眼にして、あれあれ、おかしいぞ? と思った人も少なくはないだろう。
ゼウスは全知全能の神とはいえ、美人とあらば相手が神だとうが人間だろうが手を出す。
英雄、色を好むとはいえ、夫にするには最悪のタイプだ。
一方、ヘラはゼウスの浮気相手や隠し子に片っ端から天罰を与えている。
正直いって、嫉妬の女神……失礼ながら、鬼嫁としての顔の方がギリシャ神話では有名だ。
そんなヘラの名を冠した六月の花嫁が、幸せになるというのは、いささか奇妙にも思える。
しかし、これは苦労人のヘラだからこそのことらしい。
浮気を理由に離婚訴訟を起こし、慰謝料をたんまり請求してもおかしくない状況で、夫婦神であり続けた胆力は女神とはいえ、端倪(たんげい)すべからざるものがある。
「離婚もせずに家庭を守ったのはエライ!」
と、いう話にもなる。
また、ヘラが荒れ狂うのも、正当なことだといわれている。
◎
ところで結婚式といえば、盛り上がるのはブーケトスだ。
なにせ未婚の女性達は結婚したくて必死なので、盛り上がるのも必然。
「別にどうだっていいのよ」
「みんなで仲良く分けましょうか? オホホホ」
とか口先だけでいいながら、いざトスの瞬間になると野獣の如き咆哮をあげて奪いあう。
この、たいしてうら若くもない乙女達の姿には、我々、男性陣も悪い意味での生唾を呑んでしまう。
それはともかく、ブーケとはその名の通り、フランス語でBooqet、花束のことである。
由来はハーブを纏めて花束にして、虫除けや魔除けに使ったという説と、男性が花を摘みながら恋人の元に向かい、花束にして渡したというプロポーズ説の二種類がある。
また、プロポーズを承諾した女性が花束の中から一輪だけ花を抜き、男性のシャツの胸に挿した。
これが、結婚式で新郎の左胸を飾る、ブートニアの由来といわれる。
こうした習慣が現代まで粛々と受け継がれていたところをみると、未婚の人々にとって、いつの時代も結婚は甘い夢であったのではないだろうか。
◎
花束(ブーケ)に使われる花の代表格といったらやはり、バラだろう。
六月の誕生花にもなっていて、「ユノ」という白バラの品種もあることから、ヘラとの関わり合いも深い。
このエッセイでも以前、「恋の花々」のときに紹介したが、バラは逸話の多き花だ。
その誕生には諸説あるが、名画「ビーナスの誕生」でも知られる美の女神アフロディテ(ビーナスと同一人物)が誕生したとき、一緒に誕生した花が、このバラだとされる。
クレオパトラが床から三十センチ敷き詰めたという逸話は有名だが、暴君ネロも宴会のワインの香りづけから風呂までバラづくしにした。一晩に浪費したバラ代は今の値段で十五万ドルといわれる。
十五世紀後半のイギリス。
三十年も続いた薔薇戦争では、ランカスター家が紅バラ、ヨーク家が白薔薇を紋章にして争った。結果はランカスター家の勝利で、両家の紋章は和解後に統合された。
アラビアではバラの花茶を意味する語「シャルバラート」が生まれ、今日の「氷菓(シャーベット)」の語源となった。
また、秘密を漏らさない誓いをたてることを「バラの花の下で(sub rosa)」と呼ぶ。
会議室の天井に一本のバラを飾り、密談はその下ですると効果的らしい。これは、息子エロスに浮気を見られたアフロディテが、沈黙の神ハルポクラテスを使ってその口をふさぎ、報酬にバラを贈ったことに由来する。
◎
ジューンブライドの話に戻ろう。
家庭の守り神であるヘラが嫉妬の女神でもあるように、初々しかった夫婦も、結婚後の生活には様々な問題が降りかかり、嫉妬や忍耐を強いられることもあるだろう。
まさに“美しいバラには棘がある”といったところだ。
しかし、皆さんはバラの棘にも花言葉があるのをご存じだろうか?
意外に知られていないけれども、バラ棘の花言葉は、
「不幸中の幸いです」
で、ある。
結婚は甘くないが、まるっきり悪いわけではない。
むしろ、今の相手と出会えたのは幸運といっていい。
世の既婚者達の本音は案外、そんなところではなかろうか?
(了)
バラの花言葉……(赤) 「愛情、情熱、熱烈な恋」
108本 「結婚しましょう」
(白) 「私はあなたにふさわしい、純潔、尊敬」
バラの棘の花言葉……「不幸中の幸いです」
【参考文献】
「世界大百科事典」平凡社
「Truth In Fantasy65 花の神話」 秦寛博 新紀元社
「花言葉・花贈り」 濱田豊 監修 池田書店
【今回、参考にさせていただいたサイト】
「ブーケオンライン」 http://www.biospain2010.org/about.html
「みんなの花図鑑」 http://blog.minhana.net/2012/09/post-288.html
「実は少数派? 人気は幻想? ジューンブライド」All About 粂美奈子 http://allabout.co.jp/gm/gp/539/
「ヘーラー」 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC