千葉県木更津市請西南のお花屋~フラワーショップ「エールフラワーズ」。 お花農家や市場より直送された品質のよい花々をお客様のお手元へ

2013.10.15

花ことばエッセイ

フラワーエッセイ

花ことばエッセイ
「リンドウ・ナデシコ……古典の中の花々」
                               都築隆広

 いきなりですが、古文の時間です。

「草の花は、なでしこ、唐(から)のさらなり、やまともめでたし。(略)竜胆(りうたん)、枝さしなどむつかしげなれど、こと花はみな霜枯(しもが)れたれど、いと花やかなる色合ひにてさし出でたる、いとをかし」
                               
いとをかし、でわかる通り、清少納言の「枕草子」である。
これは七十段目、「草の花は」で、現代語訳だと以下の通り。

「草の花は、なでしこがいい、からなでしこはいうまでもない。日本のなでしこもすばらしい。(略)りんどう、これは枝ぶりなどはわずらわしい様子だけれど、他の花はみな霜枯れてしまったのに、たいへんあざやかにぱっとした色彩で顔を出しているのは、たいへんおもしろい」

         ◎ ◎ ◎

清少納言いわく、草の花はなでしこが一番、いいとのことだ。
種類にもよるがピンクや薄紫色で、こぢんまりと花壇で咲く姿はなんとも日本人好みでいじらしい。
現代でも、『やまとなでしこ七変外』とか、『なでしこジャパン』とかいわれるだけあって、女性的な花の代名詞になっている。本によっては、「撫子」とか「嬰麥」と表記されることもある。夏から秋まで咲き続けるので、「常夏(とこなつ)」の名で呼ばれることもある。
さて、古くから人気がある理由は?
調べてみると、「万葉集」のなかで、これまた万葉歌人の代表格である山上憶良(やまのうえのおくら)が秋の七草の一つにあげたことが、要因の一つであるようだ。

         ◎ ◎ ◎

「秋の野に 咲きたる花を 指折(およびお)り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
 荻の花 尾花(をばな)葛(くず)花(はな) なでしこが花 をみなへし また藤(ふぢ)袴(ばかま) 朝顔が花」

 こちらが憶良の歌である。
原文は万葉仮名(まんようかな)という漢文のような漢字の羅列で書かれている。
尾花とは、すすきのこと。すすきというと、なんだか花っぽくないが、七種(ななくさ)から七草に表記を変えると違和感はゼロになる。ちなみに、「をみなへし」とは女郎花(おみなえし)、朝顔は、朝顔ではなく桔梗なのではないかという説もある。
なでしこが万葉の昔から人々に愛されてきたことが、この歌からもわかるだろう。
 しかし、ここで秋の七草から漏れてしまった可哀想な花がある――竜胆(リンドウ)だ。

         ◎ ◎ ◎

 りんどうと書くと花っぽいが、竜胆(りんどう)と表記すれば薬局に売っていそうな名称となる。
 それもそのはず、りんどうの根は竜胆(りゅうたん)の名で漢方薬の生薬として、主に胃薬に使われるとか。同じく漢方で使われる熊の胆(い)よりも苦いことから、竜の名が冠せられたことは有名である。あの青紫色の凛々しい花は、確かに竜の鱗をイメージさせないことはない。
 残念ながら、憶良の七草からは漏れてしまった、りんどうではあるが、「枕草子」だけでなく、「源氏物語」にもしっかり登場している。

         ◎ ◎ ◎

登場シーンは何ヶ所かあるが、最初に出てくるのは第九帖(じょう)「葵(あおい)」。
光源氏の正妻、葵の上が生霊にとり殺されるという、なんだか凄まじいエピソードが語られる章であるが、そこで源氏が霜枯れた草の中で咲いているりんどうやなでしこを折らせて、亡き妻の母に歌と共に贈る……まさに、「もののあはれ」を感じさせる場面に登場する、小道具の一つである。
ここで詠まれる歌も、実は「なでしこ」がメインのもので、りんどうはまたしても除外される。りんどうは地の文で、「なでしこ」のついでに描写されていた花にすぎない。
だが、清少納言も紫式部もこぞってこの花のことを「霜枯れた草の中で咲く」(「源氏物語」では「枯れたる」と表記)と描写していることは、実に興味深い。

         ◎ ◎ ◎

 紫式部は一方的に清少納言の悪口を日記に書き綴っているから、「枕草子」に関しても重箱の隅をつつくように、リスペクト精神ゼロで読んでいたに違いない。
それなのに判で押したように意見が揃うということは、「霜枯れた草の中に咲く花」という逞(たくま)しいイメージは、平安人の共通認識だったのかも知れない。
 では、海外はどうかというと、バルカン半島の方では、ペストの流行に悩んだ王が神に祈って矢を放ったところ、りんどうの花に刺さって薬として用いられるようになった……なんていう伝説もあるのだとか。
薬用というエピソード自体は漢方薬と共通するものの、「ペストで悩んでるのに、胃薬なんてもらってもな」と、今となってはツッコミを入れずにはいられない。

         ◎ ◎ ◎

 愛らしく咲く、なでしこの花はいかにも女性的で、日本人好みなのだろう。
しかし、私はどうしても、この竜胆(りゅうたん)という色気のない名の花の肩を持ちたくなる。
清少納言が「なでしこ」をまず「めでたし」と挙げながら、キメ台詞の「いとをかし」を竜胆(りうたん)に譲ったのは、なんとなくわかる気もする。
鮮やかな青紫色で、枯れ草のなかで逞しく咲いている。可愛らしさはほどほどだけど、薬にもなって人の役にも立つ。
その姿はまさに、いとをかしであり、もののあはれでもある。

         ◎ ◎ ◎

さてさて、活字を眺めるのにも飽きたなら、花屋さんや花壇へと赴いて、実物の花を愛(め)でてみてはいかがだろう?
古典の中に咲く花々が、今も鮮やかに人々を楽しませている姿が見られるに違いない。

  りんどうの花言葉……「正義」「的確」「さびしい愛情」「悲しんでいる」「あなたが好き」
            「悲しみにくれるあなた」「誠実な人柄」
  なでしこの花言葉……「かれん」「純愛」「貞節」「いつも愛して」

                                 (了)
【参考文献】
「世界大百科事典」平凡社
「日本古典文学全集 萬葉集2」小学館
「日本古典文学全集 源氏物語2」小学館
「日本古典文学全集 枕草子」小学館
「小原流 挿花 NO、671」「花まわり」文・写真 指田豊 財団法人小原流
「贈る・楽しむ誕生花辞典」 監修 鈴木路子 写真 夏海陸夫 大泉書店
「誕生日の花図鑑」中居恵子・著 清水晶子・監修 ポプラ社
「誕生日の花・秋編」 グラスウインド 星雲社
「花図鑑」 モンソーフルール・監修 西東社

最新記事Recent

以前の記事Archives

アーカイブ